「自由になるため」から「貢献するため」へ

最近はインプロの教え方が「自由になるため」寄りから「貢献するため」寄りにかなり変わってきている。もちろん目指すのはそれらが両立するところなのだけど、「自由になるために貢献する」よりも「貢献するために自由になる」の方がインプロでは分かりやすい。

インプロに出会って「ワークショップでは失敗しても許されるけど社会では失敗すると許されないから自由になれない!」と戦う人を生み出してもしょうがない。インプロバイザーは相手が自分に何をしてくれるかと期待する人ではなく、自分が相手に何ができるだろうかと貢献する人。

これにともなってインプロでは基本となる「失敗」に関する教え方も変わってきている。「失敗を楽しむ」ではなく、「失敗をオープンにする」。さらには自分のために失敗をオープンにするのではなく、相手のために失敗をオープンにする。失敗をごまかそうとするとその場所は重い雰囲気になり、より失敗できない場所になっていく。失敗をオープンにすればその場所はいい雰囲気になり、より安全な場所になっていく。失敗をオープンにすることはこの場所への貢献。

これはハードな教え方に見えるかもしれないけれど、実際にはこの方がやりやすいことが多い。楽しむかどうかは感情だからコントロールできないけれど、オープンにすることは行動だから意思があればできる。また、その意思も自分のためだと気分に左右されてしまうけれど、人のためなら勇気を出してやってみようと思えることが多い。

実生活では失敗してもそれをオープンにしない方が自分にとって都合がいい場合も往々にしてある。しかし、そういう時でもそのほうが相手のためになるならと失敗をオープンにできるのが特別な人。失敗すると怒られるから隠しておこうと思うのは普通の人。

そして実際に失敗をオープンにしたら意外と怒られないこともある。昔かなり厳しい塾でアルバイトをしていた時に授業で間違ったことを教えたことに気づいて(研修では「間違ったことは絶対に教えるな」と言われていた)、それを教室長に正直に報告したら意外と怒られず、むしろそれ以降すごく信頼されるようになった。誠実さには人を動かす力があるし、それで動かないならそれは仕方がないこと。

まわりの人にインプロの良さを説いても、そこに戦う気持ちがあったら相手には響かない。それは相手のためにインプロを伝えているのではなく、インプロを広めることで自分が楽をしようとしているだけから。

それよりもただ相手のために行動した方がいい。そうしたら相手が自然と自分のやっていることに興味を持ってくれるかもしれないし、別に興味を持たなくてもいい。

写真家の星野道夫が書いた『旅をする木』に、折に触れて思い出す印象的な一節がある。 アラスカの氷河の上で降るような星空を眺めながら、星野道夫が友人と会話している場面だ。

「いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。たとえば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろ。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるかって?」

「写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いて見せるか、いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな」

「その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆくことだって……その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって」

インプロが広まるということもこういうことだと思う。インプロというジャンルが広まったり、インプロの考え方が広まることよりも、そこにいる人たちがいいインプロをしている時のようにいい時間を送れることのほうがずっと大事なのだ。

1985年横浜生まれ。東京学芸大学に在学中、高尾隆研究室インプロゼミにてインプロ(即興演劇)を学ぶ。大学卒業後は100を超えるインプロ公演に出演するほか、全国各地において300回を超えるワークショップを開催している。2017年にはアメリカのサンフランシスコにあるインプロシアターBATSにてワークショップおよびショーケースに参加。またアメリカのインプロの本場であるシカゴにも行き、海外のインプロ文化にも触れる。 →Twitter