1月14日(土)インプロワークショップふりかえり

昨日はインプロワークショップでした!参加してくださったみなさま、どうもありがとうございました。

今回は初めましての方も多かったのですが、とってもいい雰囲気でするするっと探求的なワークまで進めていくことができました。

以下はワークショップのメモや個人的なふりかえりです。

たくさんやって、たくさん失敗して、たくさん学んでいく

教える側が1から丁寧に教えてようとすると、学ぶ側はかえって萎縮したり反発したりしてしまう。学ぶ人はとりあえずゲームをやってみて、困ったら聞けばいい。教える人はとりあえずゲームをやらせてみて、困っていたら助ければいい。ゲームは失敗しやすい。その中でフィードバックを得て学んでいく。

相手を楽しませようという気持ちが一番大事

相手を楽しませよう・相手を受け入れようという気持ちがあれば、うまくいってもいかなくてもインプロはそれだけで見られるものになる。自分が楽しむことも大事だけど、それだけだとぶつかってしまう時がある。お互いに楽しませようとしている方がぶつからないし、かえって自分も楽しむことができる。

いいインプロバイザーであることを思い出す

相手を楽しませよう・相手を受け入れようということは理論としては簡単だけど、実際にはすぐに忘れたり抵抗したりしてしまう。必要なのはがんばることではなく、そうなっていることに気づくこと。そうすれば戻ることができる。インプロを教えるということはダメなインプロバイザーをいいインプロバイザーに直すことではなく、本来いいインプロバイザーであることを思い出してもらうこと、そしてもっといいインプロバイザーになれるよう手助けすること。

今月はもう1回ワークショップがありますが、そちらはすでに定員になってしまいました。来月の予定をあげたのでそちらをどうぞよろしくお願いします。

最近は定員続きなのでワークショップの回数を増やしたいところですが、2月後半から1ヶ月くらいアメリカに行ってくるので2月前半のワークショップが終わったらしばらくお休みになります。

そういうこともあって来月のワークショップもおそらく定員となると思います。どうぞお早めにお申し込みくださいませ。

12月18日(日)インプロワークショップふりかえり

今日はインプロワークショップでした!参加してくださったみなさま、どうもありがとうございました。

今日のワークショップは丁寧にはじめて途中にわっとふざけて最後はシリアスシーンまでいく、というジェットコースターのような時間になりました。途中からは教える方も完全に即興で、ただその先を見てみようという探求的な時間となりました。

以下はワークショップのメモや個人的なふりかえりです。

即興は気づきながら学んでいくもの

即興を学ぶということは、やり方を学ぶというよりも、とりあえずやってみてその時の自分に気づくこと。気づいていないと同じようなことを繰り返してしまう。気づけば次は別のことを試すことができる。そうしているうちにだんだんと自分の可能性が広がっていく。

演劇は人を変える・人から変えられる遊び

日常では人は人を変えないようにしているし、人から変えられないようにしている。しかし演劇には変化が必要。そしてそのためには遊び心がなによりも重要。遊び心があれば人は自然と変えたり変えられたりできる。遊び心がなくなると全てが不自然になってしまう。

舞台の時間と客席の時間

多くの人は舞台に立つと「何かをしなければ」と思って全てを急いでやってしまう。しかしお客さんはそれよりもずっと待てるし、その余白に想像力が働き出す。舞台の上でただそこにいるということの力強さ。それを実現するためには余裕という意味での「遊び」が必要。

次回は1月14日(土)の17:30~20:30に行います。第三インプロ研究室のワークショップはこれまで日曜の昼にやっていましたが、珍しく土曜の夜にやってみます。「土曜の夜なら行ける!」という方はぜひお越しくださいませ。来年もどうぞよろしくお願いします!

12月4日(日)インプロワークショップふりかえり

今日はインプロワークショップでした!参加してくださったみなさま、どうもありがとうございました。

前回はだいぶ学び寄りのワークショップだったので、今回は遊び寄りを意識してワークショップを行いました。その結果、「スポンテイニアス(自発的)」をテーマとしたワークショップとなりました。

以下はワークショップのメモや個人的なふりかえりです。

自分の中の子どもを自由にしてあげる

スポンテイニアスな自分は、自分の中の子どものような存在。自分の中の子どもが自由にやって失敗することを許してあげる。「同じ失敗を繰り返してはいけない」と思うと子どもは不自由になる。同じ失敗をくりかえしてもいい。その中で子どもが学んでいることを信じてあげる。

検閲していることに気づいている

インプロでは思ったことを取りやめることを「検閲する」と言う。ほとんどの場合は検閲せずにやったほうがうまくいくけれど、検閲はしてもいいし(例:よりチャレンジするため)、場合によっては検閲したほうがいい(例:同じようなシーンが続いているとき)。しかし、検閲していることに気づいている必要はある。そうしないとただ不自由になっていく。

スポンテイニアスとは萎縮せず、頑張りもしない状態

スポンテイニアスな状態とは、表現することに萎縮せず、頑張りもしない状態。いわば自然体。ただし直接それを目指してもうまくいかない(自然体のふりをするだけになる)から、萎縮している自分や頑張っている自分に気づくことによってだんだんとクリアになっていく。

次回は12月18日(日)の13:30~16:30に行います。今回は自分をオープンにすることを重視していたので、次回は相手にいい時間を与えることをストーリーの観点からじっくりやっていこうかなと思っています。おかげさまですでに半分以上埋まっておりますので、ご興味のある方はどうぞお早めにお申し込みください。

11月13日(日)インプロワークショップふりかえり

今日はインプロワークショップでした!参加してくださったみなさま、どうもありがとうございました。

今日ははじめましての方もいらっしゃったこともあり、とっても丁寧なワークショップとなりました。同時に全員がディレクターまで体験するというチャレンジングな時間となりました。

以下はワークショップのメモや個人的なふりかえりです。

チャレンジしているからエキサイトできるし、人を引きつける

キース・ジョンストンのインプロは「チャレンジする」ということをとても重視しているものだと思う。チャレンジしなくても楽しむことはできる。しかし、チャレンジしたほうがよりエキサイトできるし、人を引きつけるものになる。

ディレクターはプレイヤーが困っていたら助けるのが仕事

ディレクターはプレイヤーが困っていたら助けようとする。これは当たり前のことのようだけど、「ちゃんとしたシーンにしなきゃ」という義務感に囚われているとできなくなってしまう。逆に言えば、そういう義務感を取り除いていけば自然と目の前の人を助けることができるようになる。

フィードバックに一喜一憂せずに、シンプルに学んでいく

ディレクターはプレイヤーからフィードバックを受けて学んでいく。しかし、そのフィードバックにいちいち大喜びしたり落ち込んだりしていると、次にやるのが怖くなる。ボールを投げることを学ぶように、「今は右すぎたね」「今度は左すぎたね」とシンプルに学んでいくほうが結果としてスムーズに成長できる。

今回はじーーっくりなワークショップでしたので、次回は趣向を変えてもっとポンポンやるのもいいかなと思っています。次回は12月4日(日)の13:30~16:30です。今後ともどうぞよろしくお願いします!

宇都宮でインプロワークショップをしてきました

先週の金曜日から日曜日までの三日間、宇都宮でDE:RESSAL-MANEのインプロ合宿をしてきました。もっちーとふたりでワークショップをして、インプロの幅を広げるにおいても深さを深めるにおいてもとっても豊かな時間になりました。

ワークショップはかなりバリエーション豊かにやったので感想はいろいろあるのだけど、個人的には「Give your partner a good time(相手にいい時間を与える)」というコンセプトの力強さと繊細さをすごく感じたことが印象に残っている。

相手にいい時間を与えあっている時のインプロはとにかく面白い。そこには即興でしか現れないような爆発的な力がある。しかし、何が相手にいい時間を与えるのかはすごく繊細。それは相手をよく見せようとすることかもしれないし、自分がやりたいことをやることかもしれないし、ただその場にいて反応することかもしれない。それは本当に分からない。

ただ、その中でも「正直である」ことの大事さはすごく感じた。自分を偽ってでも相手に合わせた方がいい時間を与えられるような気はするけれど、実際にはお互い苦しくなっていく。正直にやって、失敗して、そして学んでいくしかない。そういう姿自身が相手にいい時間を与えているなんてことも往々にしてある。

ルールやマニュアルにそってやる方がずっと簡単。相手に本当にいい時間を与えるのは難しい。でも、だからこそ価値がある。インプロはアートなのだと改めて思った。

高校の演劇部を対象にインプロワークショップをしてきました

金曜日・土曜日はれいこさんに誘われて、高校生と幼児が劇で一緒に遊ぶという活動のお手伝いをしてきました。

金曜日に演劇部の高校生にインプロワークショップをしたら、土曜日には幼児をお招きしてもう本番というタイトなスケジュール。しかしそれでも非常に豊かな時間となった。

高校生へのワークショップは演劇としてのインプロを体験してもらおうということで、ウォーミングアップをしたあとはずっとフリーシーンを行うというものになった。高校生がやりたいシーンを始めて、途中で困ったら僕がディレクションを入れてどうにかするということをひたすらやっていた。構成としてはかなりシンプルなワークショップだったけど、内容はすごく豊かだった。「こんなことやっていいのかなぁと思わずにやってごらん」と言ったら、本当に見たことないようなシーンが連発してとっても面白かった。

高校生たちはワークショップが始まる前はふわふわしていて大丈夫かなぁと思ったけど、いざワークショップが始まると集中し、そしてお互いがさりげなく助け合っていた。最近の若者の優しさというものをすごく感じたし、彼ら彼女らが本来持っている創造性も感じられる時間になった。同時に、指導者がそれらを扱うことの繊細さというものを考えたりもした。

土曜日の本番は、子どもの前でインプロを見せたり子どものインプロを見たのが久しぶりということもあり多くの発見があった。この日は親御さんも見ていたのだけど、大人が面白がるところと子どもが面白がるところは少し違っていた。大人はインプロをしてギリギリのところに立っている人を見るのが好きだし、失敗する瞬間をとても面白がるけど、子どもはそうでもない。キースも言っている通り、子どもの興味を引き付けるのはストーリーだった。

そもそも、子どもにとっては面白いストーリーと退屈なストーリーがあるだけで、それがうまくいっているとか失敗しているとかいう判断自体をしていないのではないかと思った。以前中学校でインプロショーをしたときに「お話しが始まったら続きが気になる」という当たり前のことを再発見したのだけど、それのもっと純粋な形を見たような気がした。

この日はれいこさんの巧みなファシリテーションもあり、子どもたちは劇遊びの中でどんどん物語を語っていた。そして物語を語る上ではこういった感性がとても大事なのだろうと思った。

僕は子どもの感性至上主義ではないので、別にそれが「いい」とか「わるい」とかいうことは思っていない。そもそも、子どもは「いい」「わるい」をつけていないという話なのに、大人がそれに「いい」「わるい」をつけるのは野暮というものだろう。ただ、そういう世界もあるのだなぁということは感じたし、自分もそういう世界に生きられるようにしたいなぁということは思った。

世界は広く、未知は様々な方向に広がっている。そして探求は続いていく。

学ぼうとするとかえって学べなくなる。いいものを作っていく中で全て学ぶことができる。

最近インプロのワークショップをするときは、ものづくりのワークショップのような健全さでやりたいと思っている。

インプロのワークショップは「自分を見つめる」といったコンセプトによって、ややもすると内向き後ろ向きになりやすい。「自分がインプロをできないのは家族との関係に問題があったからだ」といった「気づき」によって何かを学んだような気にはなるけれど、僕はそれはあまり意味がないことだと思っている。それは「できない理由」にはなるけれど、「できる理由」にはならない。

ものづくりのワークショップはその点すごく外向き前向きである。「自分はどうしていいものが作れないんだろう」と自分を探ったっていいものは作れるようにはならない。それよりも作品に向かって手を動かした方が(途中たくさん失敗しながらも)いいものは作れるし、その結果これまでの自分の枠組みに気づくことができる。そしてその気づきは気づくと同時に手放すことができる軽いものである。

自分探しをするのではなく、何かをするための自分の使い方を探す。自分の使い方を見つけた結果それまでの自分について気づくこともあるけれど、それはあくまでも結果であって、それ自体を目的にすると重くなってしまう。

そういう風に考えるようになってから、僕はインプロのワークショップをするのがかなり気楽になった。人に何かを気づかせようとするとどうしても重くなる。そうではなく、今ここにある現実をただ良くしようとすればいい。

悪いところを探すのではなく、良いところを探すのでもなく、ただ良いものにしていく。「褒めよう」とするのはあまり誠実な態度ではないと思うし、「気づかせよう」とするのもやっぱり誠実な態度ではないと思う。でも、ただ一緒にいいものを作っていこうとすれば誠実になれる。その結果何に気づくのか、もしくは気づかないかは相手の自由だ。

ワークショップはもともと「工房」という意味だったけれど、今では学びの場所という意味合いが強くなっているように思う。学びにフォーカスした方が学べるような気はするけれど、僕は案外そうでもないんじゃないかと思っている。学ぼうとするとかえって学べなくなる。いいものを作っていく中で全て学ぶことができる。